神明町の西裏にある。社伝によれば、垂仁天皇十三年に鎭座し、天照皇太神・國常立尊の二座を祀り、もともと古城郭内の地にあったのを、永和元年(1375)斯波右兵衞督義重が、はじめて当城を築いた時、 今の所に移したという。

幣殿・祭文殿・拝殿・透垣・鳥居等を厳かに建て連ね、末社熱田社・八幡社・鍬山社あり。

神宝は八幡の松花堂筆の歌仙三十六枚がある。今は朽ちて読み取り難いものが多い。惜しいことである。

むかし神事に強飯を蒸す入用の器として、三尺余(約90cm)の平たい桶があり、銘に清須上畠神明半切天正十八年九月十六日光正と彫り付けてある。俗に半切という名の古きを知るに足る。その他、秀吉公の御朱印、信雄公及び性高院君より賜った制札等がある。

例祭 八月十六日。

神主 加藤氏。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

清須市清洲2丁目2番地13
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