正和年中(1312-17)、饗庭館(相羽村)の領主・土岐次郎光俊が瀬古村の杉林の大杉に信州諏訪大明神を勧請したと伝わる。
江戸時代には、美濃国奉行で治水に大貢献した岡田将監が社前の道で落馬して領主の大垣藩と交渉し、宮の一ノ杉を伐って社殿を南向きから東向きにしたという。
参考:『大野町史・通史編』(岐阜県揖斐郡大野町、昭和六〇年)234頁