蓮花寺村にある。八葉山と号す。往古は米山の下にあり、法隆寺と号し、憲崇の開基。
一時廃絶したが、筑後国竹野庄司の永泰の子・松童丸が僧となり俊聖と号し、文永三年(1284)当地へ来て念仏の行を修した。土肥入道がこれを信じ、寺を再興し俊聖を開山として時宗となった。八峰あることから八葉山蓮花寺と称した。文永十年(1287)十一月十八日、俊聖は寂し二世は礼智が継いだ。その十七世の稱阿上人は大神の霊夢に感じ、これを記して天覧に備え、後に柏原天皇より明道上人の号を賜り正親町天皇の時に勅願所となった。
永禄五年(1562)、中弁経元の奉ずる論旨あり。またこの寺の檀越・土肥三郎元頼はこの地を領し、入道して道日と号し、正應元年(1288)九月十八日に卒した。梵鐘は土肥氏の造ったものである。
慶長年中(1600年代)、徳川氏が圖原の役で寺に陣を敷き、その後寺禄を付した。天和三年(1681)十一月、妙法院尭延法親王がこの寺の縁起を記す。
地藏堂
正德四年(1714)三月廿七日、井伊掃部頭直該の作った六体の内の一体。
山王社
寺の鎮守で南方の山中にある。
八峰
彌陀峰・米山・釜手・釋迦岳・廣谷・紺袋・池谷・眉間山
過去帳
寺に伝わる過去帳は古い物で、元亨三年(1323)五月十九日北條仲時以下三十三人の法號が記されている。世に稀有の物である。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)412頁