高蔵寺村にあり。玉野川の下流で、奇石・怪巌多い。中でも入尾の渡から獅子岩までは、水中に石がなく、白砂の隠流であるので、軽い船で棹さして、船底に座り四方を見れば、更に別趣の風景で、いわゆる別天地に出たような心地がする。奇観はいずれも目を驚かし、魂を奪うばかりである。


『御廟道しるべ』

鹿乗という地があり、川の流れ、山のたゝずまい、その興は筆に尽くしがたい。当国(尾張国)のうち、このような風流の地があったと知らず。東から流れる水は、白練の糸を引いたようで、怪巖・奇石、或いはそばだち或いは傾き、或いは見上げたり見下ろしたり。このうち数尺(一尺は約30cm)のもの、皆その種々のものゝ何かに似て、兜岩・茶臼岩・太鼓岩・獅子岩などというものは、皆土人の名付けるものである。また水際の砂の黒白青黄に相混じって水に映るが、日かげに映じて玉のように光り耀く。意はかの翁が赤壁に遊んだ情景を思わせ、杖を投げて虎や豹にしゃがみ、眼をかけて千尺の段岸に対する。ここにあっては暫時帰ることを忘れるほどで、懐中の筆を探って惡詩を口ずさむ。人が聞いたら片腹痛いかもしれない(身の程知らず)。

帶ノ淸河麓ヲ旋テ流ル。怪巖奇石延テム洲ニ鄭ラガル。竊ニ思フ蘆岳湟川ノ地。漏レテ海東山下ノ頭在リ。

(:帯状の清河が麓をめぐり流れる。怪巖・奇石延びて中洲に重なる。密かに中国の蘆岳や湟川の地を思う。海東に漏れ、山下のほとりに在り。

川を向こうへ船渡しして、山の麓を東へ歩む。千株の楓樹が路を挟んで、新葉ひかげを漏らさず。みどりを分けて行く先も、まだこない紅葉の秋の曉の妻を問う鹿の鳴く音もしのばれる。この地のおもしろさに、

分け行くもおなじ緑の山づたひ青葉がくれの谷のした道 清圓

鹿乘潭 岡田新川

赤壁丹崖勢オ自孤ナリ。曾テ水府從リ金驅ヲ現ズ。龍燈半夜猶明滅。鹿馭千年更有無。怪石光ヲ生ジテ玉檢ヲ留メ。澄潭ニ影ヲ倒シテ氷壺ヲ湛フ。高秋頗ル覺ユ登渉ニ宜シキヲ。笑フ莫レ狂吟膽氣粗ナリ。

(:赤壁・丹崖の勢いは孤高にあり。かつて水府から金驅を現す。龍燈は夜中なお明滅し。鹿に乗ること千年も更けたのか。怪石は光を出して玉検を留め。澄んだ淵に影を落として氷壺のような清らかな水を湛える。空高い秋は登渉にふさわしく覚える。狂吟胆気粗雑笑うなかれ。

この伝承について詳しくは高蔵寺に譲る。

※他の記事と同じく全体的に最低限の現代語訳をしています。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻四』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

春日井市高蔵寺町8丁目1926番地100
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