河端村にある。一向宗東派、京都本山直末にして院家地である。山号は平泉山。当寺は瀬部七門徒の一つで、建長年中(1249-1256)の創建、開山は魁髓坊という。瀬部村の生まれで、俗姓は加藤某という者だが、親鸞聖人が木曽川を越えなさった時、瀬踏(川に入って深さや流れを調査)をした七人の一人で、聖人の德化に帰し、僧となって当寺を建立した。よって聖人より賜った聖人真筆の十字名號を寺宝とする。『大谷遺跡録』に、「羽栗郡河畑勝寶寺は、瀬部七箇寺の其一なり。中古御門徒の子孫起立する所なり」とあるは、いかなる伝によるか詳らかでない。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻五』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

一宮市浅井町河端郷裏16番地
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