北方城跡

安藤伊賀守

本巣郡。地下という所、北方のうち東の端にある。

天正十年(1582)、本能寺の変で織田信長・信忠が討死した。

これより前、安藤伊賀守守就は、武田氏に内通したため信長に厚見郡鏡島城を奪われ、武儀郡谷口に逼塞していた。再起を図った守就は、信長の死を機に北方城に拠って旧領の回復を目指した。この動きに対して、稲葉良通(一鉄)が城を包囲し、同年六月に滅ぼされた。守就の弟である道定の次男、安藤七郎左衛門守重が城主であったが守就とともに戦死した。

翌天正十一年(1583)、一鉄は、さらに揖斐城や池田本郷城を攻略し、西之保城で不破彦三を破って領地を拡大した。しかし秀吉が池田氏に安藤伊賀守旧領を与えた為、両者は領地をめぐり争うこととなる。

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)