生路井

常照庵の下にあり。俗に弘法大師ほる所といふは非なり。

萬里和尚の常照庵薬樹詩序の略によると、昔熱田霊祠(日本武尊)が東征しこの辺りに入った頃、甚だ喉が渇き弓で岩を刺すと泉が湧いたという。この泉は生道井といった。もし汚穢の者が汲むと水色が濁るとか。

今は名前だけ残り泉は廃止された。昔は「生道」とかき、文和三年(1354)熱田神領注進に生道郷と見えるが、中頃に「生路」に改められたという。

生路塩

生路村の産物。『延喜主計式』(927)に「尾張國生道鹽一斛六斗』と記され、塩製造が古くから続いてきたことが分かる。明治頃は東浦の諸村の多くは塩焼を生業としていた。

塩竈石

生路村及び有脇村、塩焼きの地にすべてこの石あり。もとは三州(三河)の産で、黒色である。村民が船で探りに行き、塩を焼く時に竈の底に敷き、やがて塩が凝り固まって石に粘着する。この石をあぶって腹に熨すると、疝癪・腹痛などの諸病を治す験があるとされ、常の温石にはるかに勝るという。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

知多郡東浦町
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