上磯平地に三基の前方後円墳がある。

最も西のものを「亀山」と称し、ここ字亀山にある。南向きで全長約98.2m/後円直高約8.5m。文政十二年(1829)に前方部の上に真宗学寮を建設する際に獸帶鏡二面(一つは径約13.6㎝、一つは径約12cm)が発掘された。

亀山の東のものは「北山」と称し、字北山にある。東南向きで全長約85.5m/後円直高約7.9m、後円頂上には大國神社があったが、明治四十二年(1609)に村社八幡神社を合祀移転の際に社殿敷地を築くに際して、後円頂部より内行花紋鏡一面(径約13.6cm)が発掘された。他に直刀・鐵鏃・埴瓮等も出た。

北山の南のものは「南山」と称し、宇南山にある。東向き全長約96.4m/後円直高約7.9m。頂上には元白髭神社があったが北山に合祀され、明治四十三年(1910)に壊し始めたが差し止められた。

北山の東北の字笹山に「笹山」と称する円墳がある。径約36.4m/直高6.1mで、この塚の上には元神明社があったが、明治四十二年(1609)八幡社に合祀され、大正二年(1913)に開墾された。塚の封土の頂上より約1.2m下に長さ約3.6m/幅約1.5mの東西に長い朱を播き、その下に約1.5mの立方形砂の層があり、拳大の石を方形に敷いた層があったという。出土遺物に鏡・矢の根・刀片・埴瓮がある。

参考:『揖斐郡志』(揖斐郡敎育會、大正十三年-1924)802、803頁

揖斐郡大野町
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