※詳細な場所は不明だが、この小さな道を岩屋堂第一号線というのでここに置く。
護国院から北の方に数町を隔てる。護国院に属し、本尊十一面観世音は当国三十三観音の一つである。因にいう僧天澤は当寺の僧として、『織田眞紀』に、
天澤ハ者天台ヲ宗トシ。閲ス藏經ヲ再。學徳之僧也。武田信玄ヲ於甲州ニ見ル。信玄何國ノ人ト問フ。曰ク尾州清洲東味鏡邑天永寺僧也。信長ノ行状如何ト問フ。曰ク甚ダ武事ヲ勤ム。毎旦馬ヲ調ジテ後。弓ヲ於市川大介ニ。鳥銃ヲ於橋本一巴ニ。劍術ヲ於平田三位ニ學ブ云々
(:天澤は天台宗で、蔵経を繰り返し読み学徳の僧であった。甲州で武田信玄が何国の人と問うと、尾州清洲東味鏡邑天永寺の僧であると。信長の行状如何と問う。甚だ武事を勤み、毎朝馬を調じた後、弓を市川大介に、鳥銃を橋本一巴に、剣術を平田三位に学ぶ...
と、信長公の行状を美しく答えたと記す。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)