豊臣秀吉が築城し、十五年の歳月をかけて、2~5万人の人夫を動員して完成した。本丸には五層の天守閣がそびえていた。

天正大地震の際、秀吉は琵琶湖畔の坂本城にいたが、一切を放棄して、馬を乗り継ぎ、飛ぶようにして大坂へ避難した。『フロイス日本史』によれば大坂城は大きく揺れたものの倒壊は免れたが、『ペレー日本の地震・火山記録』は部分的な崩壊を伝えている。立地は淀川と大和川によって形成された軟弱沖積平野にあり、相応の被害が生じたとみられる。

参考:飯田汲事『天正大地震誌』(名古屋大学出版会、1987年)138頁

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