※詳細な場所は不明
方県郡。今は城田という。
清和天皇十二代の孫である佐藤美濃守別當秀龍が初めて要害を構えた所である。
その後時代を遥かに隔てて、明應(1492)の頃、土岐成頼が改築したともいう。成頼は、隠居ののち宗安と号し、ここに住んだ。のち、土岐政房が隠居の後、宗壽と号し、ここに住んだ。
その後、天正(1573-1592)頃、山内掃部助実通が◎大桑から移り住み、城田の地と西庄を領したという。実通は◎山内対馬守一豊の一族である。
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)