木のめ浦から東の方の浜辺にて、日毎に市をなしている。初め織田信長公が清須在城の頃から、この浜には問屋が数軒あって、毎日清須へ産物を運送していたとのことであるが、年を長く経て、その創業の年月は詳らかでない。以来、連綿として続いてきたが、寛永(1624-1644)のころに問屋株が定まってから(権左衛門・仁左衛門・三左衛門・甚三郎・又三郎・七左衛門の六家)、今に至るまでますます繫盛し、年中、日に「潮市」と「夕方」として二度ずつ市を開いている。
億兆の魚介がここに集められ、国産(尾張)の海魚はもちろん、近国や遠国からも船積みにて運送され、また三河の吉田(豊橋)あたりからは徒歩荷(陸路の手荷物)などによってもここに送られてくるのを、六軒の問屋はいずれも即座に売り捌くのであった。その時、人夫らが群れをなし、一斉に群がり騒ぎ立てるやかましさは、何にも例えるものがない。このような争いの一、二を挙げ、そのほかは産地に従ってその形状や風味を記す。
鯔魚(ボラ)
熱田浦で捕れる。幼魚を「いな」といい、少し成長して「すばしり」という。さらに成長して一尺・二尺(約30-60cm)に至ったものを「なよし」、または「ぼら」という。その味は他国の産に勝っている。
藻魚(モイオ)
当浦および知多浦で捕れる。漢名は不明。体長は七・八寸(約21-24cm)から一尺(約30cm)余りのものがある。あっさりとして美味である。種類が甚だ多い。久志女・阿以奈女・跋登・和賀・京女郎等の名がある。いずれもその色や形によって名付けられたというが、すべて「もいを」である。海底の石の上の藻に住むため、そのように名付けられたのである。
萬魚(マンギョ)
上と同じく当浦や知多浦などで捕れ、漢名はまた不明。形状はさよりに似て太く長く、骨青く夜は光る。
牡蠣(カキ)
当浦および知多郡大野浦で捕れる。たいへん美味である。『古事記』に
那都久佐能阿比泥能波麻能加岐賀比爾
=なつくさの あひぢのはまの かきがひに(夏草のあひぢの浜のかき貝に)
と詠まれている「あひぢ(阿比泥)」は、ここの事かと言う人もいるが、そうではなく、他国の地名である。
『太閤記』の大仏殿建立の条に、牡蠣殻万俵を伊勢や尾張から取り寄せた由が記されていることから、当国(尾張)での産が多いことが分かる。
蛤(ハマグリ)
当郡一色川の海辺にて捕れる。『日本霊異記』に、聖武天皇の御世(724-749)に愛智郡片輪郷の力女が蛤を五十斛(こく)捕り美濃国へ売った事が記されていることから、古来より蛤が多く捕れたことが分かる。
蜜丁(ミツチョウ)
当郡の海岸にて捕れる。江戸で「さるほ」といわれる貝で、たいへん美味である。
鱸(スズキ)
知多郡の東浦にて捕れる。この魚は小さい時には「せいご」という。松江の言葉である。『万葉』に「すずゝきつり鯛つりかれて」と詠まれているように、漁師は小さなエビを餌にしてこれを釣る。網で捕ることはない。
棘鬣魚(タイ)
知多郡の師崎・日間賀島などで捕れる。生の魚として送り、あるいは塩漬けにして特産品とする。「鯛」の文字を用いることも非常に古く、『日本書紀』の神代巻に「赤女(アカメ)は鯛魚の名なり」と見えている。黒鯛・島鯛などは熱田に近い海でも捕るが、すこぶる下品(品質・味が劣るもの)である。
喜子魚(キス)
鳴海の所にいう。
箭簳魚(ヤガライヲ)
『本草綱目』の
鮹魚陳蔵器曰、状似馬鞭尾有両岐鮹魚
、陳蔵器曰く、形状は馬の鞭に似て尾に二つの枝分かれあり
と見えているのがこれである。形が矢柄(やがら=矢の軸)のようである。
鰺(アジ)
知多郡でいう。
海蝦(シマエビ)
伊勢・志摩および当国(尾張)の海で捕れる。『本草正譌』に「伊勢えび、東都(江戸)にては鎌倉えび、尾州(尾張)にて島えびといふ」と記されている。その「島エビ」とあるのは誤りであり、「志摩蝦(えび)」のことである。京都で「伊勢蝦」、江戸で「鎌倉亀」というように、それぞれの地名を取って呼んでいるのである。
鯨魚(クジラ)・鰯魚(イワシ)・章魚(タコ)・河豚魚(フグ)・小河蝦(コエビ)・海参腸(コノワタ)いずれも知多郡の所で詳しく記している。
その他の諸魚
鱏魚(ハモ)・鍼口魚(サヨリ)・石首魚(イシモチ)・古知魚(コチ)・鯖(サバ)・鰹(カツオ)・鰤(イナダ)・鮫魚(イワサメ)・鮨(シビ/マグロ)・カマスなどの諸魚は、いずれも「前浜(地元の海)」で捕れたものと称して、その味は他国の産より美味である。
海藻
熱田の浦から出る。色は青く、乱れ髪のようである。『延喜式』の民部省交易雑物の項目に、「尾張国 於胡菜(オゴノリ)三十斤」とあるのがこれである。
海蘊(モヅク)
当浦(熱田の海)の産物であり、味がよい。
染海松(ソメミル)
『弘仁式』の宮内省の条にある、正月三日節料(節会の膳)例貢御贄(定例の献上品)に、「伊勢の鯛・鰺、尾張の染海松」と見えている。「そめみる」は今の三島海苔の類であろう。その他にも青海苔などの海藻が多い。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)