飯峡城址

信長の叔父生け捕られる

別名「飯羽間城」。遠山子城十八砦の一つで、岩村城に最も近い。

室町幕府の文献の中に「飯峡遠山氏」の名がある。

天正二年(1574)、武田勝頼によって南の串原城とともに落とされ、城主・遠山右衛門佐信次を生け捕った(『甲陽軍鑑』)。信次は、信長の父信秀の弟で、信長の叔父と云われる。附近で南北朝時代の武将の古兜が発掘された。

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)
岩村町史刊行委員会『岩村町史』(岐阜県岩村町役場、昭和三十六年)144頁