従五位下・久松肥前守菅原定金が当城を築いて以来、その子・佐渡守俊勝をはじめ、久松氏が代々ここに居城した。久松氏は英比(あぐひ)丸の裔孫で、英比の郷を領したことから世に英比殿と称す。まさしく管神の庶流なり。また、傳通院大夫人が俊勝の長子・爾九郎信俊に再嫁しされたことは、世に知られているのでここに記しておく。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)