古くは坂田郡の市場であり、商人が多く集まった。また村民は蚊帳を作り布を織ることを家業とする者が多かった。
山本遠江守義定の末裔、箕浦冠者義明が箕浦荘を領した。のち箕浦次郎左衛門、同弥次郎、同四郎左衛門という者がいた。京極高光の臣に箕浦修理亮高長があり、六角氏の臣に箕浦越後守がいた。また箕浦次郎左衛門は織田氏に仕えた。いずれもこの地から出ている。
参考『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)