朝妻湊跡

昔は湖北の港として船が次々と行き交う繫盛の地であった。名古屋・桑名から京都への上り荷物は、揖斐川・牧田川を上り、陸揚げされ牧田街道(◎牧田驛)を通り、朝妻湊から湖上を大津まで十八里運び、京都へ送られた。その後、◎米原に船が着くようになってから、この地は衰退した。

昔は遊女などがいた所でもある。また古歌にも朝妻を詠んだものが多く、もとは有名な所であった。

参考
『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)

米原市朝妻筑摩1366番地3
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