大毛村にある。一向宗東派、京都東本願寺の直末。当寺は河野九門徒の一つで、元は天台宗である。創建の年紀は詳らかでないが、寺伝に、白鳳六年(666)栗本人麿の裔孫、栗本源太夫國政が草創し、庵を入山王家院と称し、また和栗殿ともいった。
その後、嘉禎年中(1235-1238)の住僧・法輪坊舜天が、親鸞上人に帰依し、今の宗に改めた。その時に名を教海坊了源と賜った。庵入姫所持の雛(ひな人形)は、元は当寺にあったが、大毛神社に納めたといい伝わる。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻五』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)