往古この地に美江寺があったが、後に永禄(1558-1570)の頃より岐阜に置かれた。
『藤川記』(文明五年 [1473])
たのもしな 佛は人に美江寺の とはりをたれぬ 誓ひ思へは兼良 頼もしいことである。仏は人々に帳を垂れるが、私達を救う誓いを思えば。
賃銭は上り(赤坂へ二里十三町)で人夫一人につき四十四文、馬一匹につき八十九文。
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)『濃飛兩国通史 下巻』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)