蛇池は比良村の東南の大蒲堤の下にある、その南に大海用池があり、蛇池より大きい。共に水が多く澄んでいる様で、魚や鼈(すっぽん)が多い。
蛇池は永禄二年(1559)正月福徳村の又右衞門という者が、比良から大野木の方へ行っていると、雨池の堤を過ぎる頃、雨が降って日が暮れていくなか、大蛇が堤に横たわり、面は鹿の如く、眼は星の如く、紅の舌を出して又右衞門を見ている様子だった。恐ろしくなり、急いで逃げ去った。信長公聞きなさり、翌日、蛇を殺そうと、比良・大野木・高田・安食・味鋺等の農夫を召して、鋤(すき)鍬(くわ)汲桶等を持ち、池の四方から水を汲んで干させたが、数時間経っても水が涸れ無かった。そこで信長公は自ら刀を口へ横にいれ、水に入って探り、かつ鵜左衞門という水練の達者を入れて水底をあまねくさがし求められたが、終に大蛇は見え無かったことが『織田眞紀』に見える。この蛇は二百五十年の後、文化六年(1809)閏七月九日天上した。このような霊蛇であれば、形を隠し表れないのであろう。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)