※詳細な場所は不明
萬松寺の裏門の南をいう。
幕末頃、豊八という陶工が、この里で酒や茶に用う楽焼の器物を作り始めたが、その名は高く世に持て囃されるようになった。その子の豊助というものが業を継ぎ、また大いに優れた職人(上工)との明星を得ている。
参考『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)