木の神として知られる五十猛命を有功之神と称して祀る。
素戔嗚(スサノオ)尊は、出雲に降って須賀宮に居る頃、子・五十猛命と韓地へ往来した。当時、船舶の材が乏しいことを憂い、杉・檜・柀(まき)・樟(くす)等を栽培することを考えた(杉及び樟は船材、檜は宮材、柀は棺材)。子の五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命に、これらの樹種を韓国から移し帰らせ、九州から紀伊へと植え広めさせた。これが日本における植林の始めとされる。
五十猛命の子(或は孫)に大已貴命がいる。大已貴命は群神を討ち平らげ、初めて国土経営にあたり、西は雲伯、東は越の前後に至るまで国を拓いた。国作大已貴命と称されるのはこれに因る。また、その一族を三輪に置き、その幸魂・奇魂を祀らせたことから、大三輪神と称される。