比良村にあり。今現在、六所明神と称す。『延喜神名式』に山田郡大乃伎神社、『本國帳』に従三位大乃伎天神とある官社である。 天和二(1682)酉年、当所の城主・塙宗悅が重修した。当社はもと広い社地を有し、末社も多い。天王社・弁天社・大國社・金毘羅社等境内にあり。大将軍社・天神社・兒社・天王社・山神社等境外にあり。
例祭 八月二十五日・九月五日。
神主 宮寺氏。
境内に菩提樹の大木があったが、今は枯れ果て、蘖(ひこばえ:切り株からの芽)のみ残る。当社の鎮座が久しく遠い証拠だと当山の翁はいう。菩提樹は、建仁寺の榮西が入宋した時、建久元年(1190)はじめて唐の天台山の菩提樹を、商船に載せて我が朝廷に渡し、筑紫の香椎の神祠に植えたことが、この樹の日本に渡った始めと『元亨釋書』に見える。当社の木もその頃に植えた物であろう。そうであれば式撰より三百年程後の物である。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)