開基は伝教大師で弘仁二年(811)三月二二日利生院と号して建立された。天正年中に織田信長が諸国の寺社を焼き払ったとき、当寺も破滅した。慶長五年(1600)郡上の城主帯刀左衛門尉善長が関ヶ原合戦で破れて当地に逃れ、出家して当寺を再建した。このころはまだ村の前に大池があったと伝えられている。

参考:『谷汲村史』(岐阜県揖斐郡谷汲村、昭和五二年)200頁

揖斐郡揖斐川町谷汲大洞
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