永禄元年(1558)、岡田助右衛門重善の次男の岡田将監善同が生まれた。幼少より織田信長に仕え、その後前田利家、加藤清正、豊臣秀吉を経て、徳川家康に仕え、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで戦功を立てた。翌年(1601)美濃国姫郷に五千石を与えられた。大久保石見守長安が美濃の戦後処理に配されると、慶長十年より長安配下の代官を務めた。長安没後の慶長十八年には米屋町(現岐阜市)に陣屋を置き筆頭代官となり、元和二年(1616)に美濃国奉行(美濃郡代)についた。寛永六年(1629)には伊勢守となり、元和八年に大野郡揖斐に拠を移したが、同年74歳で没した