蒲生藤兵衞池

※正確な場所は不明

鎌掛村にある。蒲生藤兵衛秀糺は刑部少輔秀行の子で、叔父の高郷と不和があり、高郷はその地を奪おうと兵を率いて攻めた。秀糺は城に拠って固く抵抗したため、一旦和議が結ばれたが、高郷は善知客という者を使って毒を差し出させた。秀糺はそれを飲み、刀を抜いて善知客を討とうとしたが果たせず、ついに自ら腹を切って堀に投じて死んだ。その跡が池になったという。

そばに城址があり、そこが秀糺の居城であった。

参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)425、426頁

蒲生郡日野町
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