伊勢山田に創建され、兵火で文亀の頃に桑名郡安永・江場村に移り、風雨の難があった為、寛文年中に当地に移った。

用命天皇の時に、厩戸皇子が伊勢山田に創建した。天武・持統天皇が行幸して勅され大神宮寺と称した。淳和天皇に勅願寺に指定され、宇多天皇の御幸で方丈を行宮とせられた。永承七年に御冷泉天皇が行幸され、一千僧勅会の読経が行われた。弘安年中に火災で焼失し、神宮祠人大和守額田部実澄等が僧忍性と謀って再建し、福田寺と号した。後宇多天皇が寺領を賜い、勅願寺とせられ、足利尊氏が大福田寺と改号した。

明応以後兵火にかかり、文亀の頃、桑名郡安永・江場村に移った。往昔は塔頭二十七院、末寺四十余あった。この地は風雨の難があるので、寛文年中に今の地に移った。

なお、寺歴には諸説あり、最初から桑名に創建されたものという説もある。

近藤杢、平岡潤『桑名市史 本編』(桑名市教育委員会、昭和34年発行・昭和62年三版)59頁

桑名市東方
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