浄土真宗本願寺派の院家寺院で三河で最大の「寺内」を形成した。戦国時代に寺内の課税・警察権の行使を拒否し、家康と対立し永禄7年(1564)三河一向一揆が勃発した。本願寺の住職が一族の土呂本宗寺、三河三ゕ寺と呼ばれる野寺本證寺、佐々木上宮寺、針崎勝鬘寺にこうした寺内が形成された。

最終的に本宗寺らは三河から追放され、三河一向一揆は終結した。以後本願寺派は家康領国から排除された。天正11年(1583)12月30日に本願寺派が家康に赦免され、翌年本宗寺は三河に戻った。

岡崎市美合町平地
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