磨針嶺は下矢倉と番場駅の中間にある。
土人の伝えによれば、昔ある学士が京都へ修学していたが、志半ばに帰ることにした。ところがこの峠を越える際、老女が斧を磨いているのを見かけて尋ねると、針にしているとのこと。学士は大いに感じ入り、我が志の弱さを恥じて再び京都へ向かい、苦学の末に学業を成した。これよりこの峠を磨針嶺と呼ぶようになった。
西の坂は険しく、峠の上には望湖亭がある。ここから西に湖上を望めば、竹生島が満潮の頃は波間に浮かぶ山のようで、その他の風景もまた格別である。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)410頁