領主旗本・高木氏が慶安年間(1648-51)に茶の栽培を奨励し、高木氏も茶園を経営し、世話人を置いて増産に当たらせたため、盛んになった。
享保年間(1716-33)には下村の中西勘助が、茗(めい)茶を宮家の甘露寺家へ献じたところ、「梅の下風」と御銘を下し、詩歌を添えて送られた。
初識濃陽芳茗好 清風習々脱塵情
我家頼為弥甘露 須効天生作汝名
御製(大納言規長染筆)
あたら夜をゆめになさしとあはれしる
たかこころなる梅の下風
さらに長橋局から中御門天皇へ最上品として献上された。
煎茶は遠く越前・越後・奥羽へ売り出され、主に多気郡の鳥江湊から送られた。
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参考:『上石津町史 通史編』(上石津町、昭和五十四年)357-360頁