※正確な場所は不明。
佐々木経方の次男・木村左衛門尉行定の子・兵部少輔定道がこの地を領し、また佐々木(沙沙貴)神社の神主となった。その後、裔がここに置いたため、木村と名付いた。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)439頁