南の森部村から北の下宿村へ中須川を越える渡し場があった。デレーケの木曽三川改修工事前は、揖斐川から長良川に通じる中須川が、墨俣と安八の間を流れていた。ここには渡る人が自分で張り出された綱をたぐって乗る操船が備えられ、繰舟川ともいわれた。船賃は銭五文であった。

常夜燈が中須川渡船場近くの墨俣輪中堤に立っていた。火袋が破損して、コンクリート製に替わったが、道しるべとともに下宿地内に現存している。

文化六年(1809)六月、森部村は長良川の渡船と中須川の操船が破損したとして、渡船造替のための費用を支給されるよう尾張藩船手役所へ願出ている。

参考:『安八町史 通史編』(安八町、昭和五十年)119頁

大垣市
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