中山の西南の道關ケ原有、牧田、澤田、烏江の方より伊勢、尾張へ舟路の古路也、 『宗祇名所方角抄』に出る。
『家集』(正暦元年 [990] 頃)
東路の みのの中道絶えしより 我身に秋の くると知りにき好忠 美濃の中道が見えなくなり、我が身に秋が来ると知る
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)