『藻鹽草』に尾張とある。和歌に熱田の海・尾張の海ともよむ。
『眞名伊勢物語』に
昔男在計利、花洛爾在詑而、熱間江往計流爾、妹音尾張境廼海頭乎行爾浪最白立乎視而最敷過往方之戀敷爾浦山敷毛還並哉 諾讀利計流
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昔男在りけり、都に在りわびて、東へ行きけるに、伊勢尾張境の海ずらを行くに波がいと白く立つを見て、いとしく過ぎ行くこの方、恋しきに羨ましくも帰るなみかな、と詠めりける
とあるはこゝなり。
『黄葉和歌集』
是やこの 尾張の海に眞帆かけん 伊勢まで送れ 船の追風
烏丸光廣卿 これこそがあの尾張の海であるか。真っ白な帆をかけよう。伊勢まで送っておくれ、船を押す追い風よ。
『身延紀行』
ここが伊勢尾張の境であるというので
忘れめや いづくはあれどいせをはり 月もこよひの 秋の海づら
僧元政 どこにいようと、どうして忘れることができよう。伊勢尾張の秋の海辺の月の景色を。
秋
夏の歌とて
わたのそこ まがふいさごのいかならん 熱田のかたの 水無月の空
契冲 海原(わた)の底、真っ白な砂(いさご)と見間違うほどなのだろうか?熱田の干潟の夏(水無月)の青空。なお、水無月は旧暦六月、現七月上旬~八月上旬のこと
夏
『蘿窓集』
夏の頃にお暇をいただき、潮湯浴せんと知多という浦に向かう夜半の頃、熱田潟より船出して
漕ぎ出づる かたはあつたの名にも似ず 船路すゞしき 浪上の月
横井時般 漕ぎ出していく海辺(潟)は熱田の名には似ず、船路は涼しく、波の上に月が輝く
夏
のどけしな いせしまかけて朝なぎに かすむあつたの 春のうら浪
植松有信 なんと長閑な景色だろう、伊勢・志摩までかけて朝凪に霞んでいるよ。熱田の春の穏やかな浪。
春
伊勢尾張の海づらをみて
伊勢島や いづれをはりと見えわかず 霞わたれる 春の海づら
僧日潤 伊勢志摩か、尾張か見分けることが出来ない、霞が立ち込める春の海辺
春
仰せごとを承り、長年にわたり幾たびも吾妻(東)に赴いていた頃、尾張の國の舟路にて詠む
秋ぎりに たち隔(へた)つれど呼續の 浦ゆく舟は まどふともなし
前大納言資愛卿 秋の霧が立ち込めて遮っていたが、呼続の入り江を行く舟は惑うこともないようだ
秋
参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)