落合里の支邑、宮重村で産する。当国の大根は尾張大根といい、他国に比類なき名物で、そのうち当所の産を第一として、国君(藩主)から京都・関東へ御進献され、そのほか諸侯方へも贈られた。世に形の大きいものを宮重大根というが、この宮重の産は大きくはないが、美味で言語に絶えるほどである。
他国で尾張大根と称する物は方領村でつくるもので、形が大きい。合わせて見るべし。雜志に引用する『本朝世紀』に、尾張國中島郡牛部首國就が、桓武天皇(在位:781-806)に大根を献じたと見え、『盛長私記』に、尾張者の土大根は最上で、一の宮重の大根三十本を幕下に献じた。宮重の心労御感有れば云々と記されている。『和漢三才圖會』には、大抵八月に種を下し、彼岸に苗を植え、霜後に肥大する。味もまた甘い。尾州宮重の産で大きいものは長さ三尺(約91cm)。周り尺半(約46cm)。重さ五七斤(約3-4.2kg)と記す。(これらは大きな物を宮重と思い誤った説である)『大和本草』に、大根は尾州に種を植えるが最も良い。他所に種子を伝えて種を売るが、尾州の産に及ばず云々と書き、『物類品隲』に、尾張宮重莢菔(大根)、伊勢日野菘(すずな:カブの古名)などは、共に名産であると記す。
形状肥大ナルニ非ズ。味甜キコト天下無シ。根ネ宮重ノ字ヲ欵シ。他村ノ産ト與殊ナリ。百信
ふとしくも神の宮重大根しめ年のをはりにつくりこそすれ 花江戸住
尾張地やあとへひかるゝ大根畑 麥林
大根の歳暮づかひや五六代 沙鴎
清洲の北にあり、支邑あり宮重・蓮華寺・禰宜屋・分地・西牧という。これを落合六郷といった。もとは室町殿の執権伊勢氏の領地で、妙興寺の古證文等にも見えたる旧郷である。康正二年(1456)造内裡段錢幷國役引付に、貳貫文、伊勢左京亮殿尾張國落合鄕段錢と見える。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)