不破郡。旧割田村の北に土塁が残る。西は本丸、東は二丸と言い伝わり、「あをやぎ城」という。
古代は青柳邑(むら)、後に割田村の地となった。延寶(1673-1681)の頃より前の古い記録にはみな「安八郡」とあり、のちに不破郡に入った。源為義が青柳庄を賜ったのはこの地であろう。これより下の村に「青柳の庄」がある。奧田丸にも青柳庄を賜ったと土俗はいい伝わる。
和田奥田丸が居城した。和田義盛弟義實の子である。小寺掃部、市橋下総守と続き当城から今尾へ移った。
参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)