※当地付近
柿御園荘は愛知川の南に沿って伊勢の国界まで二十一ヶ村をいう。昔は上の鄕六ヶ村、中の郷六ヶ村、下の郷六ヶ村だった。
惟喬親王が江州(近江)君ヶ畑に幽棲された時、この辺りに柿を植えて御園とされた故に名付くと。また親王の御座所の四至を御垣というので垣の御園とも御垣の園ともいう。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)444頁