桑名へ向かう筏は、木曽川を下って船頭平閘門をくぐり長良川へ出る。

明治11年(1878)桑名町民は、明治の木曽三川改修工事で木曽三川下流部の連絡路が全て締め切られる事を知り、商業活動への悪影響を心配した。

主な連絡路は①長良川を合流した木曽川を揖斐川を連絡する油島喰違、②桑名港と佐屋宿を結ぶ「佐屋の渡し(三里の渡し)」の航路であり、木曽川右岸から長島輪中を西進して揖斐川左岸の現長良川河口堰附近の寄洲(十万山)に通じる鰻江川、③木曽川右岸で分派した青鷺川、④青鷺川対岸で分派した白鷺川であり、この青鷺川と白鷺川は熱田宿を結ぶ七里の渡しの航路だった。

閘門の入口は狭く、長さも短いので、一旦筏を小さくして、10回程に分けた。半日を必要とした。長良川に出たら一枚の大きな筏に組み直して長良川、揖斐川と下り、桑名につけた。

愛西市立田町福原
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