大曽根八幡

八幡宮。大曽根町にあって、大曽根八幡と称す。鎭座の年月は定かでない。國君瑞龍院殿(尾張藩二代藩主徳川光友)、元禄八年(1695)八月に本社・瑞籬等を造り替え、御正体は江戸高田穴八幡を模して作る。また山田即齋という者を江戸に下し、穴八幡の神楽拍子を習得させ、こゝの神主の慶徳源之丞直矩に教えさせたという。なお、四代藩主・徳川義通も神社を崇敬し、稲荷神社をつくっている。

  • 末社 辨財天社・須原社・牛頭天王社・松尾社・恵毘須社・稻荷社・賀茂社・愛宕社等ある。
  • 神宝 神楽太鼓。たいへん古く、胴内に文字があり、『修補之檀那大里左京盧貞禪尼。文龜元年辛酉十月二十八日。 觀福寺奉施入太鼓云々(:観福寺より奉納した太鼓)』 と見える。 もとは知多郡木田村観福寺の太鼓にあったものだろう。
  • 例祭 正月十五日・五月十五日・九月十四日・同十五日。
  • 祠官 今は織田氏。
弘法井

※詳細な場所は不明

同所坂下にあるという。弘法大師が熱田宮より龍泉寺へ参詣した時、この地で護摩を修した(祈禱)が、その時、阿伽の水(あかのみず-仏前に供える水)を汲んだ井であるといい伝えられる。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市東区徳川2丁目13番26号
種別