八幡宮。大曽根町にあって、大曽根八幡と称す。鎭座の年月は定かでない。國君瑞龍院殿(尾張藩二代藩主徳川光友)、元禄八年(1695)八月に本社・瑞籬等を造り替え、御正体は江戸高田穴八幡を模して作る。また山田即齋という者を江戸に下し、穴八幡の神楽拍子を習得させ、こゝの神主の慶徳源之丞直矩に教えさせたという。なお、四代藩主・徳川義通も神社を崇敬し、稲荷神社をつくっている。
※詳細な場所は不明
同所坂下にあるという。弘法大師が熱田宮より龍泉寺へ参詣した時、この地で護摩を修した(祈禱)が、その時、阿伽の水(あかのみず-仏前に供える水)を汲んだ井であるといい伝えられる。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)