徳壽山清浄寺無量院。前津小林の矢場町にある。浄土宗、京都智恩院の末寺。元禄十二年(1699)六月、この寺を海東郡津島から移して郭龍和尚に賜わる。

  • 本尊:阿彌陀仏。定朝の作。脇士は観音・勢至で、ともにもとは山城國宇治の平等院釣殿の本尊だったが、故あって元禄八年(1695)この寺に安置した。
  • 地蔵堂:霊仏で、「矢場の地蔵」と称される。
  • 牧氏の墓:石塔二基あり、碑面の文字は摩滅して読みがたい。熱田の圓福寺の過去帳に、牧氏の法名があり、「長清院梵阿彌陀佛(元亀元年庚午 [1570] 二月十五日)信徳院善行慧長大姉(天正五年丁丑 [1577] 八月十五日)と見える。長清院は牧與 [与] 三左衞門尉源長清、信徳院は同人の室、織田信雄公の妹である。信雄公の『従士分限帳』に「小林殿」とあるのはこの婦人である。長清のいた、小林の古城というのもこの境内がその旧地である。
柳生兵庫居住地

清浄寺の境内にある。この人は剣術の達人で、ここの庭の池の蓮を見て、兵法の奧儀を悟った。よって剃髪の後、「浦蓮也」(うられんや)と号した。その技芸が高名である事は、異国の書に載っていることからも分かる。

この人の好みで造らせた鍔は非常に鍛えられ、武用に足る。世に「柳生 [やぎゅう] つば」と名付けて賞賛する。また茶道に通じ、茶匕(さじ)・茶碗(わん)・茶入(いれ)などを手製した。たいへん稀なもので、世の人はとくに珍重している。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市中区大須4丁目1番74号
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