池殿屋敷

頼朝を許せ

「池坊屋敷」とも呼ばれ、警願寺の辺りにある。その地は広い。

平大納言頼盛は「池殿」と称され、その母・池の禅尼は熱田大宮司季範の伯母にあたり、ここにも居住していたと言い伝えられる。

平治の乱の際、頼朝は幼少で、死刑に処されるはずであったが、この禅尼が清盛公に乞い、無理を押して罪を許し助命されたのは、弥平兵衛尉宗清の勧めや取り計らいによるものであった。『源平盛衰記』や『平家物語』等に記されている。

しかし、大敵の子を容易に許すはずもなかったのを池禅尼が強く乞うたのは、この大宮司とのゆかりによるものであったことが推察される。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市熱田区白鳥2丁目10番5号