賃銭は上り(関ケ原へ一里半)で人夫一人につき三十一文、馬一匹につき六十一文。
『覽富士記』(永享四年-1432- 連歌師堯孝の義敢将軍随行)たる井の宿ちかくなりて、
昔みし 影をしるべに又やわれ 思ふたるゐの水を 結ばむ
『あづまの道の記』(天文二年-1533-仁和寺尊海僧正旅行)垂井の宿に泊まり、その夜の嵐はげしくて朝に氷が出来ているのを見て、
小夜風の つもる木の葉の下くゞる 水のたる井の 薄氷かな
参考『濃飛兩国通史 下巻』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)