岩田小野

ススキ

※岩田公民館におく。

各務郡(のち合併して稲葉郡)岩田村である。江戸時代中期には野となりススキ(薄)が茂っていた。芥見村の近くにある。山城國(京都府)岩田小野は荲、雉子(きじ)と、美濃は「しののおすゝき」や「眞葛原」などと一緒に詠まれることが多い。

『千載』(文治四年 [1188])

今はしも 穗に出てぬらん東路の 岩田の小野の しのの小薄
藤原伴家 東路の岩田の小野の群生する小ススキは、今まさに穂が出ているだろう

『新後撰』恋(文保二年 [1318])

しるやいかに 岩田の小野のしの薄 おもふ心は 穂に出てすとも
知家 分かっているのだろうか。岩田の小野のしのススキ、穂に出ずとも思う心を

『続後拾遺集』秋(正中二年 [1325])

けふ見れは 岩田の小野の眞葛原 うら枯れわたる 秋風そ吹く
家隆 今日見れば、岩田の小野は真葛原が裏枯れて広がり、秋風が吹く。補足: 秋が深まり初秋のススキも終わった状態。

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)