常滑焼

常滑焼は常滑村で作られ、とくに大甕・酒壺・花瓶、さらに茶器類などはきわめて雅品で、世人はこれを常滑焼として賞美している。

古く当国より陶器を多く産出したことは『延喜式』(927)や『朝野群載』(平安後期編纂)に見え、古来より朝廷に貢献され、当村は即ち陶器濫觴(らんじょう)の地である。今日、陶器を俗に瀬戸物と呼ぶのは、当国春日井郡瀬戸村で作られる陶器が、上品でしかも全国に流通し、焼き出せる数もまた多かったためであろう。一説には、「瀬戸」とは海辺の称であり、この常滑焼はとりわけ古く、当所は海も近ければ、瀬戸焼・瀬戸物などなづけられ、その名が天下にひろまったという。しかし、何れが正しいかは定かでない。今もこの辺りの山中を堀れば古陶器が出てくることが多い。これは昔焼かれたものが地中に埋れて、完全に残っているものは稀である。まれに完全品を得れば、世俗は珠玉のように珍重する。古く当地で造る物は、大小の甕類であったが、百年以前よりは、手作りの急須・茶器・酒器なども焼かれ、好事家の求めに応じた。

近年では、長三郎及び白鷗(俗に八兵衛と云ふ)などの名工か相次いで現れその人は乏しくない。かつて白鶏瓷の香合を作り、綾小路大納言有長卿へ献上したところ、

老の浪よする衣(ころも)の浦人はつくれる龜の年もふるらし

と詠みなさった。実にこの白鴎は近世の名工である。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

常滑市瀬木町4丁目203番地
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