旧北山名村から美濃の旧前渡村に至る木曽川の船渡し。前渡(まへと)村は大豆途(まめと)が転じたものである。

『吾妻鏡』及び『承久軍物語』等に見える「尾張川九瀬の渡」に入り、北條義時が鎌倉の執権だった時、後鳥羽天皇の仰せを背く事があり、承久三年(1221)義時を滅ぼすべしとして、官軍を集めた時に、義時の子弟を大将として、東軍十九万騎余り上洛すると聞こえれば、官軍は一万騎余り向けられて渡った大豆途の渡である。さて九瀬の渡というのは、太炊(美濃大田)板橋(同板倉)氣瀬(同生瀬)稗島(尾張國平島)市河前(同市江)墨俣・鵜沼・大豆途の九箇所。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

丹羽郡扶桑町
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