式台社。
三世紀後半から五世紀にかけて、大和朝廷がそれぞれの地方を制圧した時に順次、直轄地の県が設置された。前方後円墳や円墳のうちの一部は県主によって築かれた。
『日本霊異記』には、「美乃ノ国方県ノ郡水野郡楠美ノ村ニ一ノ女人アリ、姓ハ県ノ氏ナリ」とあり、方県郡に県氏がいたことが推定される。『続日本後紀』嘉祥2年(849)8月丁末(26日)条には、美濃国方県郡前権大領、美県貞継の名前がみられ、やはり、方県郡に県氏がいたと推測される。
方県津神社もこの美濃県主と関連があるとみられている。
参考
七宗町教育委員会、七宗町史編纂委員会『七宗町史 通史編』(七宗町、平成5年)118頁