安八郡中川庄。今は村の北に高地がある。
飯沼対馬守長就が三千貫を領した。土岐頼芸、後に斉藤秀龍(道三)の麾下となった。
のち、飯沼勘平長継が居城した。信長に仕えた。天正十一年(1583)、大垣城主の氏家卜全の為に大垣で自害した。
その後、池田三左衛門輝政の家老の片桐半右衛門が城代として居城した。
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)