五條村に鎭座。養老二年(718)創立で、『延喜式』内の一社。貞觀四年(862)正月二十日、従五位上勳八等兵主神に正五位下を授けられ、以後七年(865)、八年(866)、九年(867)、十六年(874)と段階的に昇叙され、寛和元年(985)には正一位を授けられる。樓門の額は藤原佐理の筆である。
往古は神領が多く、守山村の北原に外郭の鳥居が建っていた。源頼朝はこの社を崇敬し祠殿及び末社を造立し、神田三千七百九石を寄付した。文永年中(1265年代)に社殿が兵火に罹り足利尊氏が再建した。その後、神田を掠奪され、一時衰退する。織田・豊臣二氏が神領五石を寄付し、德川氏に至り九石五斗の朱印を賜う。
兵主鄕中の総社で、例祭は四月中酉日、五月五日に行われる。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)