上萱津村にあり。古人の秀詠多く、蒼鬱な古林、日の影を見ず。木の下露は雨にも勝り、人の跡は稀で、鳥聲が寂寞な勝地である。『藻鹽草』に尾張とあり、また『名所方角抄』に、「阿波手の森、浦里有之、 下津といふ里の南にあり。 建保名所にも入るなり」としるし、 阿波堤粟手・粟殿などとも書かれる。
『尾張八景』
粟手ノ杜ノ晴嵐 大徳寺覺印
楓樹紅ヲ飜シテ錦繍ノ如シ。海潮碧ヲ湛ヘテ瑠璃ニ似タリ。翠嵐一帯奇景ヲ添フ。粟手林巒楽者ハ誰ゾ。
秋
『新千載』(貞治三年 [1364年])
題しらず
かきたえて 人も梢のなげきこそ はてはあはでの 森となりけれ
紫式部 便りが途絶えて、私も梢(小枝=端緒)の嘆きこそ、ついにはあはでの森(逢わないまま終わった)となってしまったことよ
『建保三年内裡名所百首』
我戀(恋)は あはでの森の夏草の 人こそしらね 茂るころかな
順徳院御製 私の恋は、あはでの森の夏草のように、あの人が知らぬうちに募るころかな
夏
さりともと 色に出でぬる言の葉も あはでの杜の 名にぞおどろく
僧正行意 いくらなんでもと期待して和歌にしたものの、あはでの森の名に気付かされる
かた絲の あだの玉の緒よりかけて あはでの杜の 露きえねとや
参議定家 細い紐の私の玉の緒を掛けて想い慕うのに、あはでの森の露のように消えてしまえと仰るのでしょうか
日數ふる あはでの杜の下紅葉 もりくる露の 色に出でにけり
従三位家衡 日数を経て、あはでも森の下紅葉が、漏れ落ちる露(涙)の色に表れている
秋
名にしおはゞ あは手の杜の呼子鳥 うきはためしの 夜半の一聲
俊成卿女 名を持つからには、あはでの森の呼子鳥が逢えぬ例として夜中の一言
いつとても あはでの杜の夕露の など秋風に たえずちるらん
兵衞内侍 いつであってもあはでの森の夕霧は秋風に絶えず散ってゆく
秋
たゞ染めよ 時雨も露も置く霜も あはでの森の 秋のくれがた
宮内卿家隆 ただ染めてゆく、時雨も露も霜もあはでの森の秋の暮れ方に
秋
身にとまる おもひはこれもしられけり あはでの杜の 夜半の木枯
左近衞中将忠定 身に残る想いはあはでの森の夜中の木枯らしによっていよいよ思い知らされる
11月
白露も 置きだにあへず枯れにけり またもあは手の もりの下ぐさ
前丹波守知家 白露(九月頃の朝露)さえ置く間もないほどまた枯れてしまった、あはでの森の下草
秋
そのまゝに あはでの杜の秋の暮 袖よりほかに 色かはりけり
前丹後守範宗 そのままあはで(逢えなかった)の森の暮れ、私の袖だけでなく色が変わってゆく
秋
聞かじたゞ あはでの杜の名もつらし うきためしある 昔なりけり
散位行能 聞かないがあはでの森の名も辛い、憂き例が昔から残る地であったのだから
わびはつる 身を空蝉のおのれのみ あは手の杜に 音をや鳴くらん
蔵人左衞門少尉藤原康光 嘆き果てる空蝉のような私のみが、あはでの森に音をあげて泣く
晩夏
『色葉集』
なげきのみ 繁く成り行く我身かな 君にあはでの 杜にやあるらん
相模 あなたへの嘆き(長木)のみ募っていく我が身かな、あなたに会わない(あはでの杜)のだろうか
康平三年(1060)三月十九日、高倉の一宮で、国所の名をお定めになった時、相模が詠んだ歌である。「あはでの杜」は尾張の国にあり。昔、妻が夫を会おうとして、尋ね歩き、かの森に行き着いたが、あひ見ずして死んでしまった。これによって「あはでの森」と名付いた。さてその国を「をはり」というのは、終と書きてけるを、「尾張」と注したのである。
『夫木』
つひに猶 あはでの杜のほとゝぎす しのびかねたる 聲たてつなり
琳賢法師 ついに逢えぬ辛さ(あはでの杜の)にホトトギスは、忍びかねて鳴いてしまった
夏
我ために あは手の杜の雫かは つまとふ鹿の 立ちぬれて啼く
土御門院小宰相 私の為なのだろうか、このあはでの杜の雫は。妻を探す鹿が濡れながら佇んで鳴いている
秋
『雪玉』
人心 はげしく見つるけしきより さてやあは手の 森の木がらし
内大臣實隆 あの人の心の冷酷で激しい様子から、さてやあはでの杜の木枯らしのように冷たい
冬
『自歌合』
今ぞしる あはでのもりの秋風よ 木の葉ふりしく ちぎりなりとは
豊原統秋 今こそ思い知ったあはでの杜の秋風は、木の葉(言の葉)が舞い散る約束であったとは。
秋
延享二年公宴
いつまでか かわかぬ袖の露ならん あはでの杜の あはぬなげきに
通枝 いつまでも乾かない袖の露(涙)なのだろうか。あはでの杜の二度と逢うことのない嘆きに
我なげき 人のつらさにしげりあひ 果は阿波手の 森となりなん
契沖 私は嘆いた、あの人の冷たい態度が重なり、果てはあはでの杜の森となったのだろうか
『富士見道記』
十三日に阿波手の森門前の妙勝寺興行。森の東に反魂香燒跡、又森下に社あり。其下藪の香の物入りし瓶(かめ)あり。
野分にや あはでの森の 初栬(もみじ)
台風(野分)のせいか、あはでの森に初めてのもみじ
秋
『嚝野集』
藁一把 かりて花見る 阿波手哉
湍水 わらを一把借りて、花見をするあはでかな
春
『鹽尻』
宰相中将・公澄卿が日光例幣使として下向され、卯月二十六日に熱田に宿泊された際、参って拝謁した。箱物・干物を献上し、二見の浦の濱荻・藻鹽草・忘貝など、硯蓋にして差し上げたところ、たいへん喜びになった。去年届けた阿波手の森の籠物は、院に献じお慰めとなったと語り、この海の物もまたこのようにお話しになるだろうと、聞いたので、ささやかな献上物が、雲の上まで思い至らなかった。
君が手に なびくもうれし神風や 伊勢の濱荻 波に朽ちせで
信景
秋
『尾張名所記』
森のうち 匂鳥もや 香のもの
虎竹 杜のなかで匂っているよ、鳥も分かるのだろうか、漬物を
なづかしき 秋や粟手の 鹽の味
雄淵 心惹かれる懐かしい秋。あはでの塩漬けの味
秋
参考
『尾張名所圖會 前編 巻七』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)