大臼と書いてデウスとよむ。元禄十年(1697)可児郡塩方村の百姓で切支丹の者、吟味の上笠松にて御仕置あり、その際、大字須(ダイウス)の一類三十五、六人が木曽川沿いの笠松の下に埋めて塚を築いた。今なお「大字次塚」といってしるしの松がある。里人伝えて切支丹宗門の輩を斬罪にせし旧跡なりという。古老の伝説には、切支丹の者が多く斬罪され、歴々の人もいて苦悦で討たれた。その中に鼠に化けて樹木に登って、鳶が来て掴み去ったという。

この地は笠松の南の郊外で、昭和初期には塚を平らにして桑畑となす。旧笠松役所の刑場だった。

参考:『濃飛兩国通史』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)406頁

羽島郡笠松町田代175番地
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