製鉄の神金山彦命を祀る。美濃一宮南宮大社の系列。太閤検地の際の南宮社領を朱印地(直轄地)として認可した文書によると、不破郡中の社領に混じって遠く離れた武儀郡水成村の社領がぽつんと書き込まれている。

津保川対岸の県道58号を東に七宗町方面に向かうと、多々羅、間吹という地名がある。間吹は尾関章著『濃飛古代史の謎』には以下のように記されている。
この土地の古老は、多々羅に隣接する間吹の地名の由来を、「この地区周辺はとても風の吹くところで、”間吹”はちょうど風の吹く中心(間)にあった。それで風の吹く間とされ”間吹”となった」と語っていた(中濃高校一年D組『郷土を調べる』)。私は間吹を銅精錬からきた地名と考えているが、強風は野ダタラに不可欠なものであり、野滝は野焚に由来するとの私の考えを裏付けているように思える。
古代の製鉄、野ダタラには鉄を吹くための強風が必要で、マブキは、その強風が吹く土地に、多く付けられた地名と考えられる。

南へ一山こえた川の名を祖父(そぶ)川というが、「ソブ川とは、鉄さびで濁った川を意味する言葉である」とされる。

岐阜県垂井の南宮大社の天正17年(1589)の文書によれば、太閤検地の際、旧来の由緒により南宮神社を朱印地(直轄地)として認可した。南宮大社に関係した製鉄勢力の傘下に古くから組み入れられたことが推測できる。

参考
『濃飛古代史の謎 水と犬と鉄』(尾関章、1988年)139頁

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